ベトナム人のグエン ベトハさんは、2000年に国費留学生として来日し、ベンチャーキャピタルや金融工学などを修学。在日歴は20年以上に及び、現在は会社経営、大学講師など多忙な日々を送っています。一方、2023年、日本とベトナムは外交関係樹立50周年を迎えました。長年、日越間のビジネスに携わってきたベトハさんが見る日越関係の変化と未来に託す想いとは?
時代の流れに乗って日本へ留学。
勉強も学校外での体験も100%本気で!
― 留学先に日本を選んだのは、どうしてですか?
私が大学生だった当時は、ベトナムと日本の関係が良くなり始めた頃でした。とはいえ、留学先として多いのはフランスやロシア。私もいずれフランスに留学するつもりで、専攻科目のほかにフランス語や英語も勉強していました。
日本への留学に至ったのは、時代の流れに乗った面が多かったと思います。ちょうどベトナムが経済分野の学生を育てようと、日本への国費留学生を募集していました。試しに受験したところ、合格し、急きょ日本行きが決まったのです。
― 日本語はゼロの状態で、来日されたのですね?
「あいうえお」もわからない状態でした。それに、まだインターネット検索もなかった時代なので、日本に関する知識もわずか。ただ、多くの若者同様に、ベトナムで翻訳出版されていた『ドラえもん』『ドラゴンボール』『おれが鉄平』『キャプテン翼』などのマンガは読んでいたので、日本はおもしろそうな国だなと思っていました。
来日して1年間は、寮付きの日本語教育センターで日本語を猛勉強し、2年目に経営学部に移籍。日本語が未熟なのに大学で専門分野の勉強をこなすには、3倍、4倍の努力が必要でした。
― 日本での生活を楽しむ余裕はありませんでしたか?
そんなことは、まったくありません。まず、日本の食べ物がおいしくて、自分の好みに合っていたので、少し太ってしまったくらい(笑)。
また、大阪のホストファミリーがとてもよくしてくださって、週末ごとに招待してくださり、着物、お祭り、日本食…日本ならではの経験をたくさんさせていただきました。平日は集中して勉強し、週末はいろいろ体験して日本文化や伝統、人の心を学ぶ。日本の方々を通じて日本をより好きになりました。その時の体験は今でも役に立つことが数多くあり、感謝しています。
何でもいいから、最高の努力で!
それがキャリアにつながっている
― 関西の大学で学んだあと、関東の大学院に進学。どんな学生時代でしたか?
大学では、経営学やコーポレート・ファイナンスの分野で世界レベルの先生方に師事しました。せっかくのチャンスなんだから、勉強しなきゃもったいない!と思って。何冊も何冊も専門書を読み、レポートも書き、先生と対話して。厳しい勉強の一方で、学生同士の交流もすごく多かったです。当時のゼミ仲間は、現在、経済産業界の第一線で活躍している人ばかり。今でもつながっています。
― 現在はどのような仕事をされているのですか?
2016年に設立した会社では、資金運用と研修、日越間のビジネスコンサルタントが主な事業内容です。日本やベトナムの大学や官公庁、企業からの依頼で研修を運営したり。テーマはいろいろですが、企業なら幹部向けの研修が多いですね。また、最近はグリーンエコノミー(持続可能な開発・発展を実現する経済のあり方)をテーマにしたものも増えています。環境問題は、国を問わず重要なテーマです。また医療系の上場会社社外取締役も務めています。日本の企業がグローバル市場でももっと競争できるように貢献したいと思います。
― 学生時代の勉強や経験が、今に活きているのですね?
大学時代に学んだリスク評価法、心理学を応用した交渉術、日本で温めた人との交流…すべてが、今の仕事に役立っています。私は後輩や学生から、「将来のために、何を勉強したらいいですか?」という質問をよく受けますが、正直、何でもいいと思います。何だって本気で勉強すれば、将来の役に立つ。自分の経験からそれは確信しています。そのときの自分に一番フィットしていると感じるものに最高の努力で取り組むことが大事なんです。
父親が日本人の息子は「ダブル」。
たくさんの宝物を持っています
― 大学卒業後は、金融関係の会社に就職し、その後、自身の会社を設立。その間、日本人と結婚し、現在は一児の母でもありますね?
ベトナムでは結婚後も女性がキャリアを続けるのが当たり前。当然、私も結婚後も働き続け、義母のサポートを受けながら、仕事と家庭を両立しています。
― 国際結婚をされていますが、子育てで大切にしていることは?
我が子に伝えたいと思っているのは、彼の役に立つ知識と人間関係の温かい心。そして、グローバルマインド。私は「ハーフ」という言葉はあまり好きじゃありません。息子には「あなたはダブルだよ」と言っています。家族も2つ、母国も2つ、文化も2つ、パスポートも2つ。言語に関していえば、ダブルどころじゃありません。勉強すれば、もっといっぱい持つことができます。
また、アイデンティティは文化と切り離せないものなので、ベトナムと日本の文化、どちらも大切にしています。日本とベトナム、どちらの文化を伝えるときも、決して批判せず、客観的に文化の違いを捉えることが大事だと考えています。
広がってきた日越の交流。
これからは、より深い関係に
― 日本とベトナムは外交関係樹立50周年を迎えましたが、ベトハさんが来日された当時と今では、どのように関係性が変わってきたと思いますか?
私が日本に来た当初は、東京にいるベトナム人は留学生やビジネス関係などの限られた層で、2000人くらいでした。でも、現在、日本にいるベトナム人は約50万人。その内訳も、ビジネス、留学生、技能実習生、特定活動など、構造が複雑化しています。
こうした流れの中で、ベトナム料理店やベトナムフェスティバルなどが増えるなど、よい面はいっぱいあります。その半面、課題も。例えば、子どもたちの学校。日本には韓国系やインド系の学校はあるけれど、ベトナム系の学校はまだありません。もっとベトナム人が暮らしやすくなるためには、行政の課題も多いと感じています。
そして、言葉の壁もまだまだあります。約50万人のベトナム人のうち、日本語をあまり話せない・全く話せない人は8割くらいいるのではないでしょうか?
― 課題解決に向けて、必要なことは何だと思いますか?
言葉の壁に関しては、日本に来る前に勉強できる機会を増やせるといいですよね。一方で、日本の方々もホストファミリーになるなどして、日本に来たベトナム人にもっと心を開いてもらえたら…とも思っています。
あと、残念なのは、多くのベトナム人が、日本に来ても仕事するだけで終わってしまっていること。日本のいいもの、いいところに触れる機会が少ない人が多いのです。この問題を解決するために、昨年からボランティア活動を始めました。いろいろな立場の在日ベトナム人が交流するイベントの開催や、日本を理解するためのトークショー、オンラインの日本語レッスンなどを行っています。中でも、YouTubeで配信している日本を理解するためのトークショー『Japan Talks』は、特に思い入れがある活動。取り上げるテーマは「おもてなし」「いきがい」など、日本理解に役立つものです。「日本人と結婚したら何を注意しなきゃいけないか」というテーマの回もありました。
*『Japan Talks』(YouTubeのチャンネルページにリンクしています)
― 今後の日越関係に期待することは?
外交関係樹立50周年をきっかけに、日越間の交流はますます増えています。これをきっかけに政治、経済、文化分野での関係性がさらによくなると信じています。60周年を迎えるころには、日本とベトナムをもっと気軽に行き来できるようになっているといいですよね。2国間の交流が表面的なものではなく、より深くお互いを理解し合えるものになってほしいと願っています。
グエン・ベトハさん
株式会社 健ネット取締役社長。2000年国費留学生として来日。大阪外語大学(現、大阪大学)にて日本語を学び、神戸大学にて経営学、横浜国立大学にて金融工学を修める。日本企業への就職を経て、2016年株式会社 健ネットを設立。株式会社ホギメディカル社外取締役、横浜国立大学非常勤講師。日本で暮らすベトナム人を支援するボランティア活動も行っている。
取材・文/栗本和佳子 写真提供/グエン・ベトハ