リゾートフォトグラファーの増島 実さんは、1990年代から東南アジアのリゾートホテルの素晴らしさを多くの女性誌や単行本に紹介してきました。昨年7月には撮影したホテルが600軒を超え、それは日本人写真家として偉業と言えるでしょう。そんな増島さんに30年に及ぶアジアンリゾートとの関わりやその出会いについて伺いました。
1990年代に花開いた
魅惑のアジアンリゾート
― リゾートフォトグラファーとして活動を始めたきっかけを教えてください。
1970年代の終わりに日本でペンションブームが起こり、主に女性誌の旅企画やリゾート特集などでペンションのインテリア撮影を手掛け、腕を磨きました。その後、83年に取材で訪れたアメリカ西海岸のカーメルとモントレーで、伝統的な古い建物を改装したカントリーインを撮影し、「こんな素晴らしい建築があるのか!」と感銘を受けました。そのことがホテル撮影にどっぷり浸かるきっかけとなりました。
東南アジアのリゾートに関心を向け始めたのは、90年代に入ってから。「プーケットにすごいホテルができた」とツーリストの間で話題となっていたのが、アジアンリゾートの黎明期を築いた立役者の1人であるエイドリアン ゼッカが手掛け、高級リゾートの代名詞となったアマンリゾートの第1号「アマンプリ」でした。ゼッカは続けてインドネシア・バリ島のウブドゥに「アマンダリ」をオープンさせます。また、その頃、ジンバランにはフォーシーズンズもソフト オープンし、とても評判になっていました。当時雑誌など1軒のホテル取材の時間は長くて半日です。Webも無い時代、話題のバリリゾートを自分の目で確かめ納得のいく撮影がしたかったのです。フィルムを100本ほど用意し一躍バリへ出発しました。
バリ島の5ツ星ホテルに滞在
建築デザインの魅力の虜になりました
― それがアジアンリゾートとの本格的な出合いだったのですね。とりわけ何に魅了されたのでしょうか。
この時に宿泊したのは、「フォーシーズンズ リゾート バリ アット ジンバランベイ」、「ジ・オベロイ バリ」、「アマンキラ」の3軒です。
フォーシーズンズは湾を見下ろす丘の斜面に147棟ものヴィラが立ち並び、プライベート プール(プランジプール)も備わっています。これは後年バリに於けるプライベートヴィラ・ウィズ・プールの先駆けになるファシリティーです。各ヴィラは主屋に素敵なベッド&バスルーム。付随するバリ伝統の「バレ(あずまや)」には趣味の良いリビング&ダイニングセットが配置され、そこからは造園家 マデ ウィジャヤのミニガーデンやプランジプールの眺めを楽しめました。私は今でもフォーシーズンズ ジンバランベイがバリ島に於けるプライベート ヴィラの傑作だと思っています。
ジ・オベロイは、アマンダリの設計も手掛けたピーター ミュラーの手によるもの。バリ島の文化に触発され、ゼッカなどとも交流を深めたオーストラリア人建築家です。喧噪から離れたチャンディダサ地区にあるアマンキラは、ウジュン タマン「水の王宮」から着想された本館やライステラスをイメージする 3層のプールが有名、建築はエド タートルです。滞在中、そのプールを独り占めしたこともいい思い出ですね。
この様な伝統的バリホテルに共通する建築の特徴として、屋根は茅葺きのアラン・アラン。建物の柱(ベッドの支柱まで)ウキランバリと称するトカゲの鼻に似たデザインが彫られていることです。天井は竹を放射状に組んだ美しい(インガ・インガ)。この3軒の取材撮影でバリ島の伝統文化を尊重したアーキテクチャーを随所に見ることができました。私はその美しさに魅せられました。現在とは全く違うリゾート建築のコンセプトです。
建築家たちの設計に息づく
文化・伝統への敬意に感銘
― 最も感銘を受けたアジアンリゾートの建築家を1人挙げてください。
1人に絞るのはとても難しいですが、あえて挙げるならリゾート建築の鬼才ビル ベンズレーでしょうか。彼はアメリカ人ですが、80年代の終わりバンコクに拠点を移して以来、30以上の国々で数多くのリゾートホテルやプライベート レジデンスの建築を手掛けています。
ベンズレー リゾートの特徴はテーマ性に優れたコンセプト。また、一つとしてリゾート内に同じ景色がないことです。そして、デフォルメされた大きな彫像も十八番です。それらはユーモアに溢れ、人の心をくすぐります。90年代に彼は相棒のレク ブンナンと組み、主にランドスケープに腕をふるいました。初期の作品の傑作は、インドネシア ロンボク島の「ノボテル ロンボク」でしょう。その後、バリの「キラーナ スパ」、マレーシアやタイの4軒のフォーシーズンズ、プーケットの「インディゴ パール/タイ」、2010年以降はベンスリー スタジオ ワークとして、「インターコン ダナン/ベトナム」、「JWマリオット フーコック/ベトナム」などが素晴らしいです。
― 写真作品を通して、増島さんがいちばん伝えたいアジアンリゾートの魅力とは?
ASEAN諸国の「風土」そのものですね。今回名前が挙がった建築家たちは皆、東南アジア各地の土着の文化、歴史、伝統を非常にリスペクトしたうえで仕事をしている。熱帯の気候も宗教も食文化も、そして、人なつこくて旅行者にもオープンマインドな土地の人々もすべてひっくるめて、僕は「風土」だと思っています。
この10年間、僕が撮り続けてきたタイ北部のラーンナーホテル(13世紀末〜16世紀に栄えたラーンナー王朝の寺院装飾を取り入れたホテル)にしても、仏教に対する深い信仰心や畏敬の念が脈々と受け継がれています。そうした「風土」の根源にある大切なもの、ディープなものを、自分の作品を通じて日本の皆さんに伝えることが、僕のライフワークだと思っています。
増島 実 さん
1948年生まれ。東京都出身。東京工芸大学工学部卒業。日本写真作家協会会員。アジアンリゾートの取材・撮影は90年代半ばから現在まで30年近くに及ぶ。『アジアのコロニアルホテル』(PARCO出版)、『悦楽のバリ島』(JTBパブリッシング)、『HOTEL INDOCHINA』(集英社)など写真集を多数出版。20年に上梓した『Welcome to the Lanna Hotel チェンマイのラーンナーホテルと寺院装飾』(集英社インターナショナル)は取材・撮影に10年の歳月を要した集大成。
取材・文/腰本文子 写真提供/増島実